研究課題1:痛感インタラクション

中澤グループ

人が情報を必要とする瞬間があります。例えば危機から逃れるために行動が必要なときや、健康を維持するための行動が必要なとき、あるいは楽しくなるための行動が存在するときなどです。人はそうした行動の存在を知っている場合もあれば、知らない場合もあります。このような問題に対して、私を含めて情報系を専門とする研究者は、スマートフォンやパソコン上にそうした行動を表示できるようにすることを考えます。これによって人がより良い行動をとる機会が増えると考えられるからです。中澤グループもその戦略を取りますが、人は往々にして、表示された通りの行動をとりません。焦っていたり、他の関心事があったり、機嫌が少し悪かったりすれば、そうした人の内面状態が、人を行動から遠ざけることはよくあることです。

今のソフトウエアは、人とインタラクションするとき、全ての人に対して同様に振る舞います。表示される情報がその人の履歴に応じて最適化されることはあっても、同一の情報は同一の表現で、また同じようなタイミングで表示されます。もしソフトウエアがもう少し人の内面状態をわかっていて、それに合わせて振る舞ってくれれば、情報をより深く人の心に届けられる可能性があります。焦っている人には心を落ち着かせる色使いが、他の関心事がある人にはより強く注意を引く表現が、また機嫌が悪い人には少し後で情報を伝えることが、それぞれ考えられます。このような、ソフトウエアが人の内面状態に合わせて情報伝達の振る舞いを変える力は、AIを含むそれと人との共生を考える上で重要です。

スマートフォンやスマートウォッチは様々なセンサーを搭載していて、血圧や心拍数、体表面温度、移動手段などを検出することができます。また一次的に検出した値から、例えば加速度センサー等の値から歩行や車などの移動手段を計算するなど、様々な推定を行うこともできます。しかし上述のような内面状態の推定は一部を除いて実現されておらず、ソフトウエアはまだ十分な力を発揮していないと言えます。例えば人の性格、気分や機嫌を含む短期的な気持ちの揺らぎ、頭痛やPMSなどの体調、空腹度や疲労度などの状態は、人の行動を大きく左右するため、これからのソフトウエアにとっての要把握事項です。またこれらを把握した上で、ソフトウエアが自らの振る舞いを変化させる有効な方法も、まだ明らかになっていません。情報提示のタイミングや情報の提示形式、言い回しなど、変化させられる事項は様々であるものの、その効果を明らかにする必要があります。

そこで中澤グループでは、特にスマートフォンやスマートウォッチをはじめとするウェアラブル機器を用いて、①人の内面状態をよりよく推定する技術と、②人の内面状態に適応的な情報提示技術に関する研究を進めています。これらの研究の目的は、情報の力で人を幸せにすることです。人を健康にしたり、安全にしたり、楽しくしたりできる情報を、よりよく人に伝えられれば、その情報の力がより強く発揮され、何らかの意味で人を幸せにできるはずです。そのような情報がより多く流れている街を「スマートシティ」と言い、その意味ではこの研究は街をスマート化するための研究であるとも言えます。「スマートシティ」とは、コンピュータやネットワーク、センサーがたくさん設置された街ではなく、力強い情報がたくさん流通する街です。

内面状態推定技術のブロックダイアグラム

人の内面状態をよりよく推定する技術

GPSなどの物理センサーと、移動手段などの推定状態を出力するソフトセンサを含むウェアラブル機器において、広範なデータを常時獲得します。これに加えて、クラウドサービス等から得られるパーソナルログやサービス利用ログや、データ収集実験時の自己回答より得られる教師ラベルを学習し、デモグラフィクスやパーソナリティ、整理状態、心理状態等に属する指標を推定可能とする。これらの指標には、性別や年齢、性格などの静的な状態から、体調や依存度などの動的な状態が含まれます。

人の内面状態に適応的な情報提示技術

人に対してある行動を示唆する時に、画像や音声など感性的な表現と、言語や数値を用いて論理的、説明的な表現が可能です。その情報を受け取る人の内面状態によって、前者が有効なときと後者が有効なとき、いずれも無効なときとがあります。いずれの表現を用いるとしても、そこで伝達する情報の内容は、その行動をとった時の効果、それをとらなかったときの損失、および効果と損失の差分として示すことができます。この研究では、大きくは表現と内容の制御に着目し、さらには声色や言い回しなど、表現や内容の細やかな部分も検討します。